2017-10-23 感動

18

高校の時、母親が病気で亡くなった。

父は弱い人だったのだと思う。
苦しむ母親から目をそらして、他に恋人を作って、母親が亡くなると家を出ていった。
「高校卒業までは面倒をみる。その後は自力で暮らしてくれ」

受験も追い込みに入る3年生の秋、わたしはこうして独り暮らしを始めることになった。

 

わたしの通っていた高校は進学校で、ほぼ100%の生徒が大学を目指していた。
わたしだけ、大学受験という目標は消えた。

授業料や家賃や光熱費は父が負担していた。
生活費は送ってもらえなかった。
どこを探しても家にはお金がなかった。
父の新しい相手は他人の奥さんだった。きっと慰謝料のために何もかも持っていったのだろう。

わたしは母の死から立ち直れていなかった。
バイトと奨学金で自力で進学することすら思いつかない世間知らずの甘えた娘だった。
「お金を送って」と父に連絡すらしなかった。父を憎みすぎて声を聞きたくなかったから。
目先のお金がなかった。

受験勉強する友人から離れてアルバイトを始めた。
お小遣いをかせぐバイトはあんなに楽しかったのに。
食べるものがなくて追い詰められてするバイトは苦しいだけだった。

心配してくれる友人はいた。大人の人も。
父の噂がひろがり、わたしは恥ずかしさと情けなさで、周囲の人から距離をおいた。

 

年が明けて、TVでセンター試験の話題が出始めたころ、心が折れた。
バイトに追われてはいたが、惰性で勉強は続けていた。それをやめた。
年末年始のわずかなバイト料を持って、わたしは家出をした。
昔は仲良しの家族が住んでいた、もう誰もいない賃貸マンションから逃げた。
3年生の登校日はもうほとんどない。
誰も心配もしないし探そうともしないはず。

遠い場所まで逃げた。冬の家出はつらい。
考え事をしたいだけなのに、寒くて外にはいられない。
怪しまれないようにネカフェを転々として、お金はどんどん減っていった。

最悪の決心をした。援助交際をしよう。処女を売ろう。体を売ろう。
街に立って親切そうな人にこちらから声をかけることにした。

 

良さそうな人はなかなか見つからない。
ようやく優しそうな30代くらいの人に目をつけた。
声をかける前に目が合った。

「何か?」
「あの・・・」

練習したはずなのに、わたしと遊びませんか、とは言えなかった。
その人は察したらしかった。

じろじろと見られた。警察の人かも知れないと思っておびえた。

「家出?」 頷くわたし。
「お金がない?」 また頷く。
「泊まるあては?」 首を横に振る。
男の人は少し考え込んだ。そして「一緒においで」といった。

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